福岡高等裁判所 昭和24年(ネ)425号 判決
被控訴人等は控訴人に対し福岡市千百三十五番地の三所在、家屋番号大学前第四四番、木造瓦葺二階建居宅一棟建坪二十三坪外二階二十坪を明渡さなければならない。
訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二分し、その一は被控訴人等の負担とし他の一は控訴人の負担とする。
この判決は第二項の部分に限り控訴人において担保として被控訴人藤田マツに対する関係においては金二万円、被控訴人江口清に対する関係においては金一万円を供託するときは、仮にこれを執行することができる。
二、事 実
控訴代理人は主文第一、二項と同旨及び訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とするという判決並に担保を条件とする仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決並に敗訴の場合における担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求めた。
当事者双方の事実上の陳述は、控訴代理人において、(一) 控訴人先代野見山熊吉が昭和十五年四月十五日死亡した後は控訴人の実妹訴外野見山えり子において本件家屋を管理していたのであるが、えり子は終戦のため控訴人が外地より引揚げてくることが判明したので被控訴人マツ及びその夫亡四郎並に被控訴人清その他の同居人に対し、控訴人が帰国すれば病院を経営しなければならずそれには本件家屋が是非とも必要であるから、その時は遅滞なく本件家屋を明渡してもらいたいと申入れたところ、同人等はこれを快諾した。そうして控訴人はその後昭和二十二年末に外地を引揚げて帰国したので、被控訴人等は遅くも昭和二十三年六月末までには本件家屋を控訴人に明渡さなければならなかつたのである。(二) これに加うるに控訴人は帰国後肩書地において医業を開業しているが、外来患者は一日平均五、六名、入院患者は三、四名に過ぎず、しかも家族は控訴人夫婦の外に子女六名あつて日常の生活にも事欠くので病院を経営することにしてその許可を受けた。しかるに医療法によれば病院を経営するには患者二十名以上を収容する施設を必要とし且つこれに応ずる医師、看護婦、薬剤師を置き診察室手術室その他諸般の設備をしなければならないのであるが、現在使用中の家屋は手狭のため医療法の命ずる設備をすることが不可能であるから、現在使用中の家屋に隣接する本件家屋を併用する外に途がない。そこで以上(一)及び(二)の事由によつて被控訴人等に対し本訴において本件賃貸借解約の申入をすると陳述し、被控訴代理人において、控訴人が外地より引揚げて帰国した後医業を開業していること並に医療法によれば病院を経営するには控訴代理人主張のような施設及びこれに応じた医師看護婦薬剤師等を必要とすることは認めるが、控訴人の現在の医業経営家族及び家計状況は知らない。控訴人のその余の右主張事実は否認すると陳述した外、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。<立証省略>
三、理 由
控訴人先代野見山熊吉が昭和八年十一月一日その所有に属する主文第二項掲記の本件家屋を被控訴人マツ及びその夫藤田四郎に対し両名を連帯借主として賃貸したこと、その後野見山熊吉は昭和十五年四月十五日死亡し控訴人において家督相続により本件家屋の所有権とともに右賃貸人の地位を承継したこと、藤田四郎は昭和二十二年春頃死亡しその後は被控訴人マツが単独の賃借人として賃貸借を継続したこと及び被控訴人清が本件家屋に居住していることは当事者間に争のないところであつて、成立に争のない甲第一号証に右熊吉及び四郎の死亡後も引続き本件賃貸借が継続された事実を斟酌すると、本件賃貸借期間は賃貸借契約後一箇年の約定であつたがその後更新され、更新後においては賃貸借の期間の定がないことを認めることができる。
そこで控訴人主張の本件賃貸借の解除又は解約の効力について順次検討する。先ず無断転貸を理由とする解除について審按するに、被控訴人マツが被控訴人清には昭和十八年十一月頃より訴外池見房子には昭和二十年九月頃より訴外藤栄一には昭和二十一年十一月頃よりそれぞれ本件家屋の一部を転貸し、被控訴人清は引続き現在もなお該家屋に居住していることは被控訴人等の認めるところであるが、当審証人野見山えり子の証言と原審及び当審における被控訴本人マツの尋問の結果を綜合すると、控訴人は満洲及び朝鮮に居住していたため先代熊吉の前示死亡後は控訴人の母において、母が昭和十八年三月死亡して後は控訴人の妹野見山えり子において、控訴人より本件家屋その他の財産の賃貸管理等の権限を委託されていたのであるが、右えり子は被控訴人マツが前示のとおり被控訴人清その他に対し本件家屋の一部を転貸していることを知りながら何等の異議を述べないでむしろこれを黙認していた事実を窺うことができる。証人野見山竹尾の原審及び当審における証言中右認定にそわない点はにわかに信用することができないし、その他に該認定を左右すべき証拠はない。従つて無断転貸を理由として控訴人が本件賃貸借解除の意思表示をしたとしてもその解除は無効である。
次に本件家屋修理の必要を理由とする解約について考えるに、原審における検証及び鑑定人安高一雄の鑑定の結果によると、本件家屋は正面東北隅の下家軒廻りその他に朽廃破損した個所があるけれども、これを修理するには居住者を立退かせることさえ必要でないことが認められるから、右修理の必要を理由とする解約の申入は無効である。
更に病院に使用する必要に基く解約について按ずるに、当審証人野見山竹尾、野見山えり子の各証言及び当審検証の結果及び被控訴本人マツの供述に本件口頭弁論の全趣旨を斟酌すれば、控訴人は九州帝国大学医学部卒業後同大学において外科を専攻し満鉄病院、九大別府分院、朝鮮大邱病院等において外科部長をなし終戦後シベリヤに抑留され昭和二十二年十二月帰国し、本件家屋に接続する所有家屋において外科診療所を経営しているが、診療所は四十八時間以上患者を収容することができない医療法上の制限があり且つ控訴人は外科医として相当の経歴技能があるので病院に改むべく帰国以来計画中であつて、医療法によれば病院を経営するには二十名以上の患者を収容する施設を要し医師も三名以上置かなければならないので、到底現在の診療所の設備では不充分であるが、接続する本件家屋を併用すれば病院に改装するにもつとも適当で且つ便利であること、そのため控訴人は本訴提起前よりしばしば右の事情を訴えて被控訴人マツに本件家屋の明渡を懇請し本訴提起後既に四年余を経過していること、一方被控訴人マツは子供と二人暮しであつて、親戚に当る被控訴人清の加勢を得て古物商を経営しているのであるが、それは月に三回自宅以外の場所でせり市を開いて営業しているのであつて本件家屋を店舗又はせり市に使用しているのではなく、且つ本件家屋は六畳四間、十畳、八畳、二畳、三畳各一間の外に炊事場や土間があつて、被控訴人等の現在の使用状況からみても余裕があることが認められる。以上の事実を考え合せると被控訴人マツの立場もさることながら住宅難もこれまでに比べると幾分緩和した傾向もあるので他に適当の移転先を求めることも不可能とはいえないし、控訴人が病院に使用するため本件家屋の明渡を求めるのはまことにやむを得ないものと認められるので本件賃貸借解約の正当の事由に該当するものと認めるのが相当である。そうして控訴人が昭和二十五年六月十四日の本件口頭弁論期日において被控訴人マツに対し右事由に基き本件賃貸借解約の申入をなし、被控訴人両名に対し本件家屋の明渡を求めたことは記録上明であるから、本件賃貸借はその後六箇月を経過した同年十二月十四日を以て終了したものといわなければならない。従つて被控訴人等は控訴人に対し本件家屋を明渡す義務があることは勿論であつて、控訴人の本訴請求は正当として認容しなければならない。
そこでこれと趣旨を異にする原判決は結局不当であつて本件控訴は理由があるから、民事訴訟法第三百八十六条、第九十六条、第八十九条、第九十条、第百九十六条を適用し主文のとおり判決する(仮執行の免脱の宣言は本件の事情に照して不相当と認めこれをなさない。)
(裁判官 竹下利之右衛門 中園原一 二階信一)